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東京地方裁判所 平成8年(行ウ)108号 判決

原告

甲野太郎

被告

最高裁判所

右代表者最高裁判所長官

三好達

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が原告に対し、平成七年三月三一日付け判事補採用願について平成八年三月八日になした判事補に任命されるべき者に指名しない旨の処分を取り消す。

被告が原告に対し、平成八年一月一七日付け判事補採用願について同年三月八日になした判事補に任命されるべき者に指名しない旨の処分を取り消す。

第二  事案の概要

原告は、平成六年四月一日、司法修習生の修習を終了し、平成七年三月三一日及び平成八年一月一七日、被告に対し、判事補採用願等の出願書類をそれぞれ提出し、各同日受理されたが、平成八年三月八日、被告により判事補に任命されるべき者に指名しない旨の各処分(以下「本件各不指名」という。)をされたとし、本件各不指名は違法であるとして行政事件訴訟法三条二項に基づきその取消を求めた。

(原告の主張)

本件各不指名は、行政事件訴訟法三条二項による処分取消の訴えの対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当するところ、本件不指名は、原告が、忠魂碑撤去等請求住民訴訟事件の裁判において補助参加人になったことや、司法修習中、自主的活動の中心となって積極的に取り組んだり、判決起案の際に西暦を用いたり、検察修習の際に被疑者の人権保護のため取調修習を辞退したこと等の、原告の過去の経歴、活動、思想信条を理由とした差別行為であって、憲法一四条一項、一九条、二二条一項、一三条、一五条一項及び国際人権規約B二五条に反する実質的違法性を有する上、手続上も、原告が主張及び証拠を提出するための告知聴聞手続を経ておらず、本件各不指名の理由を開示せず、原告に対しては、判事補任命資格を有する者に対し通常行われる健康診断及び採用面接を実施しない等、憲法三一条、一三条違反の違法性を有しているので、取り消されるべきである。

(法律上の問題点)

被告が、原告を判事補に任命されるべき者に指名しなかったことが、行政事件訴訟法三条二項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」にあたるかどうか。

第三  当裁判所の判断

行政事件訴訟法三条二項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解すべきところ、本件各不指名が取消訴訟の対象となるには、原告に被告に対するなんらかの応答を求める権利(申請権)が法的に認められている場合に限られるものと解すべきであり、このような権利(申請権)が認められていない場合には被告がそれに応答をしなかったとしても、それは事実上の応答という行為をしなかったというにすぎず、同条同項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」にはあたらないと解される。

そこで、原告に被告に対する右権利(申請権)が認められるか否かにつき検討するに、判事補の任用に関する現行の法規としては、日本国憲法八〇条一項(「下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によって、内閣がこれを任命する。」)並びに裁判所法四〇条一項(「高等裁判所長官、判事、判事補及び簡易裁判所判事は、最高裁判所の指名した者の名簿によって、内閣でこれを任命する。」及び同法四三条(「判事補は、司法修習生の修習を終えた者の中からこれを任命する。」)が存し、これらによれば、法は司法修習生の修習を終えた者に判事補の任命資格を与えていることが認められるが、それ以上に、判事補の任用に関し、任用希望者等に被告からなんらかの応答を求める権利(申請権)を付与しているとは認められず、他に右権利の存在を認める根拠は存しない。

原告は、本件各不指名が、平等権(日本国憲法一四条一項)、思想・良心の自由(同法一九条)、職業選択の自由(同法二二条一項)、公務就任権(同法一三条、一五条一項等、国際人権規約B二五条)、適正手続請求権(憲法一三条、三一条)という憲法上、国際人権規約上の権利などの、原告の法律上の地位ないし権利関係に影響を与えるし、その「処分」の形式・法的効果に照らしても、行政事件訴訟法三条二項による処分の取消しの訴えの対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」であると主張するが、右諸権利等は、判事補任用に関し、被告に応答を求める権利となりうると解することはできない。

以上のとおりであるから、本件各不指名は、行政事件訴訟法三条二項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当せず、本件訴えはいずれも不適法である。

第四  結論

よって、原告の本件訴えはいずれも処分取消しの訴えの適法要件を欠く不適法なものであって、その欠缺は補正することができないから、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法二〇二条により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官林豊 裁判官夏井高人 裁判官三浦隆志)

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